ベリャコーヴィッチという男
 
 
▼ベリャコーヴィッチ挨拶

 ▼絶えない創造の魂・
      ベリャコーヴィッチ!

 ▼人間賛歌のアンサンブル
  ベリャコーヴィッチという男
 
                    コーディネーター・翻訳・通訳  佐藤四郎

 劇団ユーゴザパトの制作部長フトポストフは、かつてロシア演劇界の巨匠、
エーフロス(劇団東演で「桜の園」 「ナターシャ」を演出)に 仕え、エーフロスの死後、
ベリャコーヴィッチに仕えるようになった男だが、 その彼が依然私にこう語ったことがある。
「この二人は個性も手法も全く異なるが、共通するのは二人とも際立って
孤独だということだ。」 −−実をいえば、当時私はいつも陽気なベリャコーヴィッチに
孤独を感じたことは無かったので この言葉は少々意外だった。
そのうちそのことは忘れてしまっていた。
ところが先日私は思いがけずこの言葉を思い出したのである。
 その日私は彼と鎌倉を散策し、その後由比ヶ浜に降りた。
我々は浜辺に腰を下ろし、海を眺めながら公演で 訪れた様々な
海辺の街の話をしていた。そこへ足元のおぼつかない犬を連れた中年の男が歩いてきた。
ベリャコーヴィッチは、「あの犬は近い将来の自分だ。」と冗談めかして言い、
じっとその姿に見入った。 男は我々の近くで柔軟体操を始め、
犬はその後にじっと控えて主人の後姿を見守っていた。
やがて男は体操を終えると、振り返ってその犬の前に屈み込み、
まず前足から丁寧にマッサージしていった。 最後に後ろ足を揉んでもらうと、
犬は俄に精気を帯びて男の周りを駆け回り、それに促されるように男も駆け出した。
秋の海を背景に夕日を浴びてゆっくり走る男と、
その後から懸命についていく犬を目で追いながら、
ベリャコーヴィッチは顔に深い満足感を湛えて 「ああ、なんていい光景だ。
わずかなしぐさに彼らの普段の関係が全て現れていたじゃないか。
今日はここへ来て本当によかった」
−−こうした些細なことを心から愉しめる人間と一緒に過ごす時間のなんと豊なことだろう! 
それと同時に私はそこに彼の静に澄んだ孤独を感じた。
この人の孤独はこんな現れ方をするのだ。 
 そうしている間にも海は四方から重層的に波音を奏で、我々はその波音に浸った。
私はふと彼と東演の「ロミオとジュリエット」が 日本各地で公演していく中で、
この海の響きのように重層的な舞台になっていったことを思い起こした。 
モスクワの彼の劇場の狭い舞台では実現しなかったことだ。
それが大きな舞台と充実した証明設備を得たことで思いがけない程、
重層的な芝居になっていったのである。そうした可能性を開いてくれた市民劇場の
方々には 深く感謝している。 幸福な出会いだった。 
さて、この「ロミオとジュリエット」の成功があって今回の「どん底」につながったのだが、
稽古を開始して一ヶ月が過ぎた今も、 さながら悪鬼のような形相でダメ出しをする
日々が続いている。  しかしこれを過ぎれば、あの秋の日にこの類稀な演出家が
海辺で見せた穏やかな横顔が見られるのだ。その日が必ず来ることを私は確信している。

 

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