人間賛歌のアンサンブル
 
 
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 ▼ベリャコーヴィッチという男

 
絶えない創造の魂・
  
   ベリャコーヴィッチ!
  人間賛歌のアンサンブル
−−東演「どん底」再演に寄せて

                          鈴木太郎(演劇ジャーナリスト/詩人)

 その舞台をみた時、体の中から熱い思いがほとばしり、感動というより、
衝撃をうけたというほうが正確だったと言えます。  心は、激しくゆさぶられ、
興奮のるつぼと化していました。それは、ダイナミックな動きとともに、
人間賛歌のアンサンブルをつくりあげたことへの共感だったのです。
 ゴーリキーの「どん底」は、いうまでもなく今から百年前の帝政ロシアの時代に
書かれた作品であり、 モスクワ芸術座が上演し、 その舞台はリアリズム演劇の
極致ともいわれてきました。 日本でも多くの劇団で上演され、
おなじみの作品となっています。  人間いかに生きるか、真実とはなにか、
という根源的なテーマが魅力になっています。
 ところが、1998年12月に上演された東演の「どん底」は、これまでのイメージを
払拭する鮮やかな展開をみせてくれたのです。 
モスクワのユーゴザパト劇場の 演出家であるワレーリィ・ベリャーコヴィッチを
演出に迎えたことによってつくりあげることができたのです。
 舞台空間は高さのある大きな二段ベッド四体を斜めに配置しただけです。
薄汚れた木賃宿の洞窟のような 「どん底」のもつイメージでは 想像をもつかないセットです。 
舞台衣装も白一色です。 せりふは舞台の前面に出てきて、
明かりのなかで客席にむかっていいますが、 それは相手にかぶせるのでなく、
独白に近い形ですすめられていきます。
また、そのせりふの意味や感情の起伏によって、
後方の群衆たちの動きに変化をもたせています。
ベッドの上の回転をみても、足を大きく開いたり、
背中を丸めるようにしたり工夫をこらされています。 
こうした動きの緩急のなせる技術、俳優たちの寸分たがわぬ動きがつくりだす
緊張感が舞台を熱くしているのだと感じます。
 巡礼のルカ老人、博打打のサーチン、泥棒のペーペル、木賃宿の娘ナターシャなど
登場人物それぞれに魅力があります。
その人間的な魅力を、東演の俳優達の演技によって存分に引き出していました。
そのことが、暗くなりがちなこの舞台を、
未来への希求をメッセージとして謳いあげていたのです。
 それにしても『諸人よ! もしこの世が、貴き真実への道見出さずば、うつけ者、
人類に幸福の夢語り、 わが世を謳歌せん』と 「役者」の詩の朗読ではじめる
幕開けから意表をついたものです。
また、ルカの登場にしても群集の踊りの中からというように、
これまでの概念を打ち破ってくれるのです。
そこに、現代に生きるものへの「どん底」のもつ人間ドラマの本質が
提示されているのだと思いました。

 

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