東演での初演は第12回公演−ゴーリキイ没後30年。 1966年 4月22日〜26日 日経ホール。 
5月10日〜14日砂防ホールとなっている。
いくつかの役がダブル・トリプルに組まれ住人も多数登場し、まさに総力をあげての公演であった。 
翌1967年に再演し全国労演、鑑賞会の例会に入って各地を巡演した。  
以後、再演を繰り返し高校生のための公演も含めステージ数は200を越え東演のドル箱になった。
 千田是也氏が、東演の「どん底」を最初に演出したのは、1980年3月の、砂防会館だった。 
その後1983年に敢えて東演パラータを会場に選んで上演。
地下室でこそないが、あの閉じ込められたような舞台空間は、
「どん底」の世界をつくりあげるのに最適な場であることを、 そこで証明して見せてくれたのだ。
 さまざまな演出家が「どん底」に取り組んできた。 しかしその舞台に実際に出演した
経験のある俳優が演出に当たるのは、 日本の場合にはおそらく千田是也氏だけであろう。 
1904年生まれの千田是也氏が、少しも衰えを見せないその演出力で、
若い俳優たちを相手に、ちっとも古びない「どん底」をつくりあげるだろうと期待され、
劇団東演は、1989年「創立30周年記念」に、またとない贈り物を観客に用意したこととなった。
  そして1998年「創立40周年記念」にロシアの鬼才演出家V.ベリャコーヴィッチ氏を向かえ、
21世紀の「どん底」を創り上げ、これまでのイメージを払拭する鮮やかな展開をみせる。 
舞台空間は高さのある大きな二段ベッド四体を斜めに配置しただけで、
薄汚れた木賃宿の洞窟のような 「どん底」のもつイメージでは 想像をもつかないセット。 
舞台衣装も白一色で、せりふは舞台の前面に出てきて、明かりのなかで客席にむかっていうが、
それは相手にかぶせるのでなく、独白に近い形ですすめられていく。
また、そのせりふの意味や感情の起伏によって、 後方の群衆たちの動きに変化をもたせて、
ベッドの上の回転をみても、足を大きく開いたり、背中を丸めるようにしたり工夫をこらしている。 
こうした動きの緩急のなせる技術、俳優たちの寸分たがわぬ動きがつくりだす緊張感が舞台を熱くし、
さらに音楽を効果的に取り入れ、照明は俳優や舞台装置をより浮かび上がらせ、 絶賛された。
  2001年に早くも再演し、2004年にはモスクワのユーゴザパト劇場との合同公演
で、
モスクワ、サンクトペテルブルグ、ニジニノブゴルド(ゴーリキーの故郷・旧ゴーリキー市)
三都市を巡演し大成功を収めた。
  2009年「創立50周年記念」でこの21世紀の衝撃の「どん底」が蘇る!


 
下記は過去東演が「どん底」を上演した記録です。

公演No.
演出
場所
年月
ベリャコーヴィッチ  
ロシア(モスクワ・サンクトペテルブルグ・ニジニノブゴルド)
2004.03
ベリャコーヴィッチ  
世田谷パブリックシアター
2001.03
ベリャコーヴィッチ  
朝日生命ホール
1998.12
88
千田是也  
グローブ座
1992.02
79
千田是也  
東演パラータ
1989.09
千田是也  
東演パラータ
1983.03
43
千田是也  
砂防会館ホール
1980.03
37
八田元夫  
砂防会館ホール
1977.10
33
八田元夫  
日本青年会館
1975.10
28
八田元夫  
砂防会館ホール
1973.12
22
八田元夫  
砂防会館ホール
1969.10
地方
八田元夫  
地方公演
1969.- -
17
八田元夫  
日経ホール
1968.01
地方
八田元夫  
地方公演
1968.- -
16
八田元夫  
砂防会館ホール
1967.10
14
八田元夫  
砂防会館ホール
1967.02
地方
八田元夫  
地方公演
1967.- -
12
八田元夫  
日経ホール
1966.04
 
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